相模原事件から9年「優生思想」を憂う

2016年7月26日に起きた相模原事件

障害者施設で元職員が無抵抗の人達を襲って、19名の命を奪った衝撃的な事件です。

 

れいわ新選組「大石あきこ」共同代表は、この事件から9年を迎えた昨日、

追悼メッセージを街頭で発信されました。

福祉に携わる私たちは、二度と起きてはならないこの事件を、今一度しっかり受けとめておく必要があると思い、大石さんのメッセージを伝えることにしました。

 

2020年横浜地裁はこの事件を「優生思想(差別偏見)によって起こされた」と認定。

犯人は「日本社会では医療費が足りなくなるから、この人たちは生きていない方がいいんだ」と言って犯行に及んだのです。

「優生思想」とは

優れた人間が劣った人間よりも価値があるという前提のもと「社会にとって有用か否かで人間を評価し、有害な人間は排除してよい」がゆえに、障害者は社会参加から排除されても仕方がないとみなす思想である。

そこから9年経った現在、この国はどうなっているのでしょうか?

この度の参議院選挙では、

「終末期の延命治療は全額自己負担にすべき」と公約に掲げた党や、

「高齢者は医療費が安いと無駄に病院に通う。それが現役世代の負担に重くのしかかっている」と世代間の分断を煽るような党もいた。

今、ますます優生思想が強まっているのではないでしょうか?

「あなたは社会の何か役にたっているのか?」というプレッシャーが、誰に対しても強まっていませんか?

私は、これを変えたいと思っています。闘っていきます。

 

れいわ新選組「山本太郎」代表のメッセージ

「あなたには力がある

たとえ何かを生み出せないとしても

生きていていいんだよ

あなたは存在してるだけで価値があるんだから」

それを認める社会をつくりたい


誰もが高齢になるにつれて身体が衰えていき、いつか介護が必要になります。認知症がすすんでいく人も沢山います。

それは決して他人ごとではなく、誰もが自分ごとです。

そう考えた時に優生思想というものは、

自らの人生さえも否定することと、同じではないでしょうか?

「自分は生きていない方がよいのかも」

そんな思いを抱く人を増やしていくのではないでしょうか。

そんな優生思想は間違いだと、

皆が信じる社会にしていかねばならない

と思うのです。

 

私たち介護従事者は、要介護の利用者さん達と接している日々において、

この意味をようく受け止めておく必要があると思います。

さらに、相模原事件は一職員だけの問題と考えるのは間違いです。

施設職員にそんな優生思想を抱かせてしまった。

「この社会こそが、

そんな思想を生み出してしまった」

これが本当の問題なのです。

 

二度と悲しい事件が生まれないように、

私たち介護従事者は「正しいこころ」を強く持たねばならないです。

「誰もが価値のある存在であり、

生きていく権利を等しくもっている」

こころの底からそう信じていかねば

コメント